【代表ブログ】論語に学ぶ——「狂・侗・悾悾」、人を見抜き育てるための古典の知恵

論語

子曰く、狂(きょう)にして直(ちょく)ならず。侗(どう)にして愿(げん)ならず。悾悾(くうくう)として信ならずんば、吾これを知らず。

最近論語読んでます。勉強になります。


狂 きょう⇒
志が大きいが、実行がこれに伴わない事。こういうタイプの人間は、基本正直者で新しい事をしようとする人間が多いので、教育すれば使える。ただ正直な人間でないと駄目。

侗 どう⇒
無知 この人は律儀でまじめ。道理を説いて聞かせれば、素直に受け入れ、自分の無知を啓発し、いつかは一人前の人間になり、世の役に立つが、まじめでない人だと、どうしようもない。

悾悾 くうくう⇒
(無芸無能) 人に対して誠実。教育していけば、それなりに役に立つ人間になるが、誠実さがないと話にならない。

愿(げん)⇒まじめ


何千年も前から、正直で誠実でまじめじゃない人間は、どんなタイプの人間であろうと、駄目だという事ですね。


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最近、論語を読んでいる。「狂にして直ならず、侗にして愿ならず、悾悾として信ならずんば、吾これを知らず」。志は大きいが実行が伴わない「狂」、無知だがまじめな「侗」——孔子が説く人の見方は、二千年以上を経た今も、まったく色褪せない。経営も、人を率いる事も、突き詰めれば古典に学ぶべき普遍の知恵がある。

論語が説く「正直さ」「信義」は、弊社の完全成果報酬の営業支援の土台そのものだ。成果が出なければ一円も頂かないこのビジネスは、お客様との信頼がなければ一日も成り立たない。テレアポ代行で決裁者と話す時も、営業代行で商談に臨む時も、小手先のテクニックではなく、誠実さと信義こそが、最後に人を動かす。だからこそ、私は論語の教えを、人材育成にも、お客様との関係づくりにも活かしたい。志が大きく、かつ正直な人間——そんな仲間と共に戦いたい。

創業6期目を迎え、改めて思う。営業も経営も、結局は「人」だ。完全成果報酬の営業支援という、ごまかしの利かない世界で長く生き残るには、確かな実力に加え、論語が説くような人としての誠実さが欠かせない。営業代行・テレアポ代行のプロとして結果を出しながら、同時に、信義を重んじる人間でありたい。古典に学び、人としての軸を太くしながら、お客様の成果に向き合い続けていく。