ホンダを創ったもう一人の天才、藤沢武夫。『松明は自分の手で』に学ぶ経営と組織論
最近、嵐のような毎日を過ごしています。
日々興奮の中にいますが、そんな中でも常に何かをインプットせずにはいられません。
インプットし続けないと、すぐに自分という人間が駄目になってしまう。
この危機感がなくなったら、会社は倒産し、私自身も経営者として終わってしまうという感覚が、最近ものすごく強くなっています。
さて、そんな日々の中で、本田技研工業(ホンダ)の元副社長、藤沢武夫(ふじさわ たけお)氏の著書を読みました。
『松明(たいまつ)は自分の手で』藤沢武夫 著
この本は、本田宗一郎氏と共にホンダを世界的な大企業へと育て上げた「経営の天才」藤沢武夫氏の哲学が詰まった一冊です。
「技術の本田」を支えた「経営の藤沢」
藤沢武夫という人物をご存知でしょうか。
本田宗一郎という稀代の技術屋がエンジンを作り、そのエンジンを世界に売るための「経営」と「販売」の全てを担ったのが藤沢武夫です。
二人の出会いは運命的でした。
1949年、初めて会ったその日に二人は意気投合し、そのまま三日三晩語り明かしたと言われています。
「おれは技術をやる。金と経営はお前がやってくれ」
本田宗一郎のこの言葉から、二人の二人三脚、いや「一心同体」の経営が始まりました。
技術のことには一切口を出さない藤沢と、経営のことは全て藤沢に任せて実印まで預けた本田。
この絶妙な信頼関係があったからこそ、ホンダは町工場から世界のHONDAへと飛躍できたのです。
「松明(たいまつ)は自分の手で」という覚悟
本書のタイトルにもなっている「松明は自分の手で」というフレーズ。
これは、経営者やビジネスパーソンにとって最高の指針です。
たとえ小さい松明であろうとも、自分でつくった松明を自分の手で掲げて、前の人達には関係なく好きな道を歩んで行く。
まだ誰も歩いたことのない新しい道、茨の生い茂る未踏の地を自らの手で切り拓き、“大いなる志という松明”を赤々と燃やし、その松明を自分で掲げながら独自の道を突き進む。
誰かの真似ではなく、自らの手で道を切り拓く。
ホンダが独自の販売網(代理店制度)を構築し、当時の先端商品を流通させていった戦略も、まさにこの精神から生まれたものでした。
この考え方は、私たちが手掛けている「成果報酬型営業支援」や「人材紹介事業」においても全く同じです。
既存のやり方に安住せず、自分たちだけの価値(松明)を掲げて突き進むこと。
大変勉強になりました。
理想の引き際。燃え尽きるまで共に走る「運命共同体」
僕がこの本を読んで一番心を揺さぶられたのは、藤沢氏の「引き際」のエピソードです。
ホンダが世界的企業になった後、藤沢さんは自身の引退を決意します。
しかし、自分が辞めれば、盟友である本田宗一郎も社長を辞めることになるだろうと予感していました。
藤沢さんは当時の専務にこう伝えます。
「会社の創立記念に辞めたい。社長は社会的に活動してるから、どうされるか判断の時間が必要だろうから、私よりも専務から意向を伝えて欲しい」
それを聞いた本田宗一郎は、即座にこう答えたそうです。
「二人一緒だよ。俺もだよ」
その後、二人は顔を合わせます。
本田さんから「こっちへ来いよ」と目で知らされ、一緒に連れ立って歩く。
『まあまあだな』と本田さんが言った。
『そう、まあまあさ』と藤沢さんが答えた。『幸せだったな』と言われた。
『本当に幸福でしたよ、心からお礼を言います』と言った藤沢さんに、
『俺も礼を言うよ、良い人生だったな』
……書きながら、ちょっと泣きそうになってきました。
血も繋がっていない。生まれも育った環境も違う人間同士が、一つの会社という器に集まり、死ぬまで、燃え尽きるまで仕事をする。
これは単なるビジネスパートナーを超えた、「利益共同体」であり「運命共同体」です。
まとめ
私も、僕の会社の創業メンバーや社員たちと、ここまで熱く、深く仕事をしたい。
燃え尽きるまで仕事に没頭し、「良い人生だった」と言い合えるような関係を築きたい。
そんな「奴ら」だけの会社で、これからも勝負し続けます。
2月も残りわずか。
自らの手で松明を掲げ、最後まで気合を入れていきましょう。